2008年09月24日
ドラマのような話

義母が赤十字病院 名古屋第一病院に担ぎ込まれて3週間が経とうとしている。
妻は岐阜県関市の出身である。
9月始めに私の長女のピアノの発表会を見るためにバスで関市から名古屋に向かった。
そこから四日市に向けて電車に乗る予定であった。
ところが名古屋のバスターミナルで意識を失い運ばれた。
娘はおばあちゃんが来るというので最寄りの近鉄駅まで迎えに出ていたが一向に来ないので心配しながら1時間30分ほど待ちぼうけである。
私といえばちょっと仕事でトラブルがあり、会議をするつもりで四日市駅付近に移動していた。
義弟から妻に連絡が入った。
脳内出血のため、救急車で運ばれたと
それから、病院まで車で3人で走った。
息子二人も後から来た。
緊急手術。
一命は取り留めたが障害は残るとのこと。
もし、関の実家で倒れていたら命はなかっただろう。
都会の大きな病院のメリットを最大に利用させてもらった。
さて、この界隈は私の通っていた学校が名古屋であったのでよく遊んだ土地である。。
もう30年も昔の話だ。
病院も以前はもっと美しかったような気がする。
今は新しい病院に立て直している最中らしい。
でも、この玄関(今は玄関としては使われていない)残しておく価値があるよう気がするな。
義母の病気と懐かしさがクロスオーバーした一瞬であった。
Posted by おせんべぇ at 12:09│Comments(0)│TrackBack(0)
