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ハンドルネーム「おせんべぇ」と申します。 お見知り置きを絵文字 四日市市にあるFMよっかいちという 小さなラジオ局で環境問題の番組を 作っておしゃべりしています。 地域の方々と一緒にラジオを通して 「まちづくり」や「地域コミュニティ」を 出来るといいなと思っています。絵文字 どうかよろピコでーす!!!!
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2008年11月16日

沖縄モノレール紀行(県庁前駅)


県庁前駅
 11月2日(日)16:10

 県庁前駅駅の改札からエスカレーターでゆっくり降りていくと目に入ってくるひとつの交差点、この交差点の左側が那覇市のメインストリート「国際通り」の南側入口になっています。

 この入り口角には土産物屋がカラフルな色の看板を打ち立てており、まさに観光の中心という感じで観光客を呼び込んでいます。

 右側を見ると今度は官公庁のモノトーンの高層建築が見えてきます。沖縄県庁や那覇市役所なのでしょう。

 共に沖縄の、那覇の象徴です。カラフルな看板とモノトーンの建物のミスマッチはなんとも言えないものです。

 さて、ホテルまでは約5分。早速チェックインをして秋とは言っても気温は30℃近いなかを今日一日動いてきたので食事に行く前にTシャツを取替え、タオル・カメラのような持ち物を点検して集合場所に向けて出発です。

 集合場所には予定より早く着いてしまったので出発までの間に歩行者天国で行っている路上パフォーマンス(トランジットモール)をミネラルウオーター片手に見ていました。

 プレスリーの曲に合わせて当時のリーゼントヘアーや衣装をつけた若い男女がツイストを踊るグループや大道芸で観客を笑わせるパフォーマンスが角々で行われています。

 この日はタイ国との交流行事があったようでタイの音楽やパフォーマンスを見せているようなところもありました。もちろん、タイ式ボクシング(通称キックボクシング)の試合も披露されたみたいです。

 さて、この国際通りで感じたことは私が1970年に始めて沖縄に来たときに比べてすごく綺麗になったということです。当時、この通りに面したホテルに宿泊したのですがシャワーが壊れていたり、お湯が出なかったりしだったことを憶えています。

 その時代は沖縄がまだ日本ではなかった時代です。アメリカの占領地だったのです。

 私は中学1年生。船で鹿児島から沖縄に渡りました。その時に初めて飲んだコカコーラの思い出は絶対に忘れることのないものです。

 経済的に言えば当時のドルに対する円レートは360円で現在のような変動相場ではなく固定相場だったのです。どうして、円が360円であったかという話はマッカーサーがレート決めるときに「円」の意味を通訳に聞いたとき通訳は「サークル」と訳したので円は360度をという洒落みたいな決め方をしたというのが通説です。

 このレートで考えるとコカコーラの値段は10セントで36円でした。私たちが自宅近くの駄菓子屋で買うたこ焼きは3個で10円の時代でしたからコカコーラって高級品だったのです。このころ日本ではまだ一部でしか販売されてなかったと思います。


Posted by おせんべぇ at 09:01│Comments(0)TrackBack(0)

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